空気を快適に、先人の知恵とエアコン用モータの進化
この夏、酷暑が続きエアコンなしでは眠れない、という方も多いのではないでしょうか?今回の記事ではエアコンがない時代の、空気を快適な状態に調整するための先人の知恵と工夫について、そしてその後エアコンが開発され、動力の要である「エアコン用モータ」が進化する過程を、弊社の製品が搭載されているエアコン室外機のコンプレッサモータと共にご紹介いたします。
空気温度調整の歴史
エアコンはエアー・コンディショナー(air conditioner)の略で、室内の空気温度や湿度、換気や空気の浄化など、空気を快適な状態に調整する機械です。人々は古代から快適に過ごすために、空気の温度を下げる工夫を考え実施していました。その工夫はアナログ的なものから想像を絶する様なアイディアへ、そしてテクノロジーを駆使した現代の空調機へと進化し続けています。人々が、快適に過ごすために知恵を振り絞った歴史を様々な角度から覗いてみましょう。
自然の力を利用した空調
古代エジプト(紀元前2500年ごろ)では、水を浸した幕に風を吹かせることで、水を蒸発させ涼しさを作り出す「エアコン(クーラー)の前身」とも言える方法で空気を冷やしていました。水の蒸発は熱を吸収する現象であり、液体から気体への変化が起こる際に熱エネルギーが消費されます。そのため、湿った幕が風にさらされると、水分が蒸発して熱を奪い、その結果、周囲の気温が下がる効果があります。発熱時に濡れたタオルを頭にのせたり、体を拭いたりすると体を冷やす効果がありますね。その原理と同じです。この方法は水の蒸発によって気温を下げる効果を利用した、原始的な冷却技術と言えるでしょう。
先人の知恵の結集、建築方法で冷やす工夫
ペルシャ文化圏の国々では「バード(風)ギール(捕まえるもの)」と呼ばれる建築物で風を取り入れる塔が建設されました。風の通り道を作り通気する事で、室内の温度を下げる工夫がなされ、このバードギールには地下にアーブ・アンバール(伝統的な貯水施設)と呼ばれる貯水設備も設置され、冷たい水の供給も実現していました。古代エジプトの建築にもこのバードギールの仕組みが用いられ、現在もペルシャ湾岸のアラブ諸国、パキスタン、アフガニスタンなどにもその影響を受けた建築物が見られます。
化学の力で空気を冷やす
18世紀になるとベンジャミン・フランクリンとケンブリッジ大学教授で科学者のジョン・ハドリーは、アルコールなど揮発性の高い液体の蒸発熱を利用し、物体の温度を下げる実験に成功しました。その後イギリスの科学者マイケル・ファラデーのアンモニアによる空気冷却、アメリカの医師ジョン・ゴリーによる氷での室内冷却など、様々な研究者の知恵で「空気を冷やすため」の研究が続けられました。
エアコンの誕生と普及
前章ではエアコン開発前の時代に、空気を快適な状態に保つために考案された様々なアイディアを紹介しました。ここからはエアコンの誕生と日本国内での普及、そして時代を先取りした弊社創業者が家電に着目し、エアコン用コンプレッサモーターコアを初めとしたモーターコア製造のための精密加工センターを稼働した頃の時代背景と、進化し続けているエアコン用モータ開発について紹介いたします。
元祖エアコンの誕生
20世紀になりアメリカの技術者で発明家のウイリス・キヤリアが印刷工場の湿度を管理し、品質を安定させるための装置を開発しました。この装置は空気を冷やすために水を使用し、湿度をコントロールする事が出来る物でした。この装置こそがエアコンの元祖となり、現代へと引き継がれています。元祖エアコンの仕組みを分かり易くお伝えします。
空気の冷却と湿度の制御
冷却材を(一般的には冷媒と呼ばれています)コイル(管)内に充填し、風を送り込むことで、冷却材が熱を吸収し空気が冷やされます。同時に空気中の水分も冷やされ、冷えたコイルの表面には凝縮した空気中の水分が滴下し、蒸発する事で湿度と温度を下げる効果があります。これにより、空気中の湿度が制御されると同時に、涼しい空気が室内に供給されます。キヤリアの発明は現在のエアコン機能「冷却」と「湿度コントロール」を実現したエアコンの基礎機能を備えたものでした。
技術が進むエアコン
キヤリアの技術はその後さまざまな場面で利用され、高まる需要に応えるべく、「Carrier Air Conditioning Company of America(キヤリア社)」を創設、キヤリア社のエアコンは、色々な空間を快適に過ごすための手段として利用されるようになりました。1930年代になるとエアコンの技術が進化し、国内初の冷凍機試作品が完成します。1950年代のアメリカでは、家庭用エアコンが普及し、日本では国内で初めてのパッケージ型エアコンが販売されます。
エアコン用モーターコア生産へ
時代は前後しますが、アメリカで家庭用エアコンが普及する少し前の1940年中ごろ、弊社創業者である松本兼吉は日本での家電普及を予測し、家電モータ心臓部の材料となるケイ素鋼板(電磁鋼板)の需要が増える事を確信し販売に注力します。その後事業は拡大し、電磁鋼板のスリット加工販売だけではなく、電磁鋼板のプレス加工を視野に入れた工場用地の買収と工場建設を開始します。1960年代になるとエアコンは冷房だけでなく暖房もできる機能を組み込んだ機種が発売され、更に60年代終わりのエアコンには「ロータリーコンプレッサ」が採用され小型・軽量・静音化が進みます。ちょうど同じころ、松本兼吉は持ち掛けられた「エアコン用コンプレッサモーターコア」の製造に着手すべく、設備と技術、人財を集結させた工場を完成させます。
エアコン用コンプレッサモーターコアとは
エアコンには室内機と室外機があり、冷暖風は室外機によって作り出されています。室外機には圧縮機(コンプレッサ)が内蔵され、モータがその原動力となり、圧縮機内で冷媒を圧縮させたり常圧にしたりすることで温度をコントロールしています。コンプレッサモーターコアはコンプレッサ内の心臓部ともいわれているモータの中心となる部品です。
コンプレッサの種類
コンプレッサにはロータリー式、スクロール式、レシプロ式、スクリュー式の4種類が存在します。コンプレッサ内の冷媒の圧縮方法がそれぞれ違い、ロータリーコンプレッサは少量の冷媒をゆっくり圧縮できるため省エネ効果が期待できます。スクロールコンプレッサは2つの蚊取り線香のような形の金属を組み合わせて圧縮します。エアコン開発当初のコンプレッサはこのスクロール式でした。(今回の記事に登場するあるロータリー式とスクロール式のみ簡単にご紹介しました)
エアコン用コンプレッサモーターコアの量産開始
1960年代後半以降、電磁鋼板スリット加工後の精密プレス加工も請け負う事となった弊社は、「電磁鋼板精密加工センター」としてエアコン用コンプレッサモーターコアの量産体制を整えます。前章でも触れた通り、エアコン室外機のコンプレッサは室内機から出る冷暖風を作り出すための、エアコンの心臓部となる重要な部品です。その為、コンプレッサのグレードでエアコンのグレードも変わります。エアコンが発売された当初のコンプレッサモータはACモータ(交流)を使用しており、材料の電磁鋼板グレードは低く、弊社が当時手掛けていたモーターコアも同様のグレードでした。モータのステータ(固定子)の巻き線は分布巻き、ロータ(回転子)はアルミを流し込むダイカスト仕様でした。
ACモータ(交流)、DCモータ(直流)とは
(画像は関西電力より引用)
電気の流れは「直流(ちょくりゅう)」と「交流(こうりゅう)」の2種類が存在します。直流とは電気が導線の中を流れるとき、その向きや大きさ(電流)、勢い(電圧)が変化しない電気の流れ方をいいます。電池やバッテリー、太陽電池などから得られる電気は一定の方向に向かって流れており、向きが決まっています。例えば懐中電灯の電池の方向は決まっています。これは直流用の電気製品だからです。交流は、電気が同じリズムで交互に向きを変えながら流れ、電流、電圧が周期的に変化します。コンセントのプラグはどちら向きに挿しても使用できますね。これは交流電気製品だからです。ACモータは「alternating-current motor」、DCモータは「direct-current motor」の略です。
巻き線とは??
モータのステータ(固定子)には電気エネルギーと磁気エネルギーを相互に交換するために導線が巻かれており(巻き線といいます)、ステータ(固定子)の歯の部分(ティース)に導線を直に巻く集中巻きと複数のティース(歯)、スロット(溝)分を枠に仮巻きしたものを、ステータ(固定子)に挿入する分布巻きがあります。
アルミダイカスト仕様とマグネット挿入仕様とは
モータはステータ(固定子)とロータ(回転子)で構成されています。ロータを効率よく回転させるため、電流が流れやすいアルミを溶解し高圧でロータ(回転子)に射出する事でその効率を高めました。のちに更に電流が流れやすいマグネットが開発され弊社組立工程では、マグネット挿入作業も行われています。
進む省エネ化に対応する技術
1970年代、エネルギー危機の影響を受け、エアコンとエアコン用コンプレッサモータの両方で省エネルギー化が進みます。新しい素材や技術の導入により、モータの耐久性と効率は向上する一方で、冷媒に用いられていたフロンがオゾン層の破壊と地球温暖化を促進する事が分かり、使用に規制がかかります。その後ACモータをインバータで制御するエアコンが販売され、省エネ化が進みます。1900年代が終わるころ、弊社はコンプレッサー用DCモータ(直流)コアの試作案件を受注し、卓越した技術を惜しみなくその開発に費やしました。DCモーターコアは前章で触れた「ダイカスト」仕様ではなく「マグネット」挿入仕様となり、省エネ効果も更に高まりました。
フロンについて
フルオロカーボン(フッ素と炭素の化合物)の総称であり、CFC(クロロフルオロカーボン)、HCFC(ハイドロクロロフルオロカーボン)、HFC(ハイドロフルオロカーボン)をフロン排出抑制法ではフロン類と呼んでいます。化学的にきわめて安定した性質で扱いやすく、人体に毒性が小さい事から、エアコンや冷蔵庫などの冷媒、断熱材等、精密部品の洗浄剤、エアゾールなど様々な用途に活用されてきました。その後オゾン層の破壊、地球温暖化といった地球環境への影響が明らかになり、より影響の少ないフロン類や他の物質への代替進められています。オゾン層を破壊する物質については、種類ごとの削減スケジュールが、モントリオール議定書により国際的に定められています。
インバータとは
電柱から家庭に送られている電気は交流です。交流電気の電圧と周波数は一定で制御できません。この電気を一旦直流に変換する事により電圧と周波数を自由に変更できる様になります。この装置を「インバータ」と呼んでいます。発売当初のエアコンはON-OFFで温度コントロールをしていた為、ONの立ち上げ時に大変大きな電流が流れ電気代もかさみました。インバータを搭載する事により電気をOFFにせず低周波で常時電気を流し室内温度をコントロールする事ができる様になりました。
進化を続けるエアコンモータ
その後も技術は進化し、エアコン用モータは制御が容易になり、遠隔操作や自動調整が可能になると同時に、モータの材料や設計が環境への影響を軽減する方向に向けられます。ACモータを使用していたエアコン用コンプレッサはやがてDCモータ(直流)+インバータ仕様となり、使用する電磁鋼板のグレードは上がります。ロータ(回転子)もアルミダイカスト仕様からマグネット挿入仕様へと変化し、省エネ化が加速します。エアコンは2014年に施行された省エネ法により、ある一定の効率を下回る製品の販売出来なくなり、その対応として更にエアコンの省エネ化が求められました。電磁鋼板は同じ高いグレードの中でも更に効率に特化した高効率材・薄板化となり、より一層モータの効率アップに貢献しています。
電磁鋼板とは?製造メーカーが歴史や技術について詳しく解説します
まとめ
エアコンが発明される前の先人の知恵に驚かされると共に、私たちの日常生活でも何か工夫してできる事がありそうですね。そして現代の私達には生活必需品となっているエアコンは、その心臓部であるエアコン用モータも常に進化し続けている事がお分かりいただけたでしょうか。反比例しているエアコン用モータの効率アップと製造コストを考慮し、コンプレッサ冷媒の圧縮方法、使用する電磁鋼板の細かいグレード設定、ステータ(固定子)の導線の巻き方、ロータ(回転子)に挿入するマグネットの種類変更など、様々な組み合わせを対応可能とし、多様化するお客様のニーズや地球環境問題に弊社は対応し続けています。